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2018年5月6日日曜日

【您好、臺灣(台湾)!国立故宮博物院編】慈悲と知恵-宗教彫塑芸術


やはり中国美術といえば仏教美術との融合ですね。
ということで

101号室

慈悲と知恵-宗教彫塑芸術



と其の前に...

吹き抜けの二階から見えたこの仏像がこの一階から真正面に見えるのでそこをチェック!



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ご立派なお釈迦様ですね~


結構大きいです。

ご立派な仏像を見た後、いよいよの展覧会場です。

まず目に入るのはこの仏像。

北魏時代の青銅鎏金釈迦牟尼仏坐像です。


太和元年銘とのこと
中国は国がいくつも勃興しただけでなく其の国々で同じ元号がつけられたりだとか複雑。
そのためちょっと解りづらいですがこの太和とは西暦477年正月 - 499年12月のこと。
北魏六代皇帝孝文帝の治世に使用されました。

すごいね。とても精巧に作られてます。


北魏は日本にも馴染み深い三国時代の魏とは異なります。
その後の後。
しかし中国の歴史は失敗の歴史だなぁ~と感じるのですが
三国時代激闘を繰り広げた魏ですが
戦国時代特有の圧制を布き、諸侯の力を完膚なきまでに削ぐと同時に短命の皇子が続いたため官僚の力が強くなり重臣の司馬懿(しば い)が対等。魏を簒奪されてしまい、孫の司馬炎が名目上の禅譲を受けて魏の皇帝に就任。そして晋(西晋)と改めてしまうわけですw
魏は散々と蜀呉と戦いましたが一番の敵は身内にあったんですねw
その後晋は魏の轍を踏まぬように各諸侯に多くの兵力を保持させます。
当然官僚の台頭は起きませんでしたが逆に各諸侯の力が増大し内乱状態に陥るわけですw
シーソーゲームですなw
それが五胡十六国時代です。
その五胡十六国時代を終焉させたのが南北朝時代。
北魏と宋との二強時代ということになります。

鮮卑族である北魏はそもそも小国家が作られていたがそこに現れたのが拓跋珪。後の道武帝である。彼は版図(はんと)を拡大し西暦398年に黄河以北をほぼ平定し皇帝を名乗る。
しかしこの一族は親族同士の殺し合いが常のようで、道武帝も息子に殺されることになります。その後版図は拡大し、三代目の太武帝により華北が統一。そこから南の宋と並立することになる。
ここに展示されているのは仏像で、北魏皇帝は歴代仏教を篤く信仰したとあるが...
太武帝はむしろ廃仏を進めた人物。彼は道教の一派である新天師道を信仰しており、開祖である寇謙之(こうけんし)の進言や長安の寺院の中に大量の武器が隠されていたことで仏教に対する不信感を持ち廃仏を推し進めることになる。

しかし其の後の歴代皇帝は仏教を篤く信仰することになり、巨大石窟寺院が数多く作られ唐に並ぶ仏教文化の最盛期を築くことになるらしいです。


以下は青銅鎏金阿弥陀仏坐像。

十二世紀のチベット(西蔵)の作品です。
なんとなくチベット製って感じますねw
西蔵は中国からみるチベット全体の西南部二分の一位の範囲のことのようです。
清の康熙帝以降そのように呼ばれてたようですがその後西蔵はチベット全体を現すようになったようです。
なのでここで書かれている西蔵とは其のどちらを挿しているか不明ですが
全体を指していると考えるべきでしょうね。
その十二世紀のチベットというと吐蕃王国の一部が西チベットで建国したクゲ王国(842年 - 1630年)があった時代です。
クゲ王国は十二世紀初頭は分裂し一旦勢力が衰えるも、インドのヴィクラマシーラ大学の高僧アティーシャを招聘。再びチベット仏教が盛んになり、その後のゲルク派に繋がるそうです。その中興の頃の作品と言えますね。

つづいては明の時代 十五世紀の作品です。


なんとなく中国って感じしますよね~
滑稽です。

続いてもなかなか滑稽な像ですね。
青銅鎏金大黒天立像です。


こちらもチベット(西蔵)ですね。
大黒天というと日本ではなんとなく大国主命ですがね、チベット仏教ではマハーカーラ、しかし其の実体は...ヒンドゥー教の神の一柱で、シヴァの別名のひとつだそうです。

マハーは「偉大なる」カーラは「黒、暗黒」だそうで世界を破壊するときに恐ろしい黒い姿で現れるそうです。どういうこと?悪の化身ってこと??


十五世紀のチベットはリンプン派の時代。
このリンプン派とは実は奥さんの家系の一族名なんですね~
しかしチベットというのも不思議な政治体制ですよね。
宗教とほぼ一体化しているにもかかわらず権力闘争はちゃんとある。
このリンプン派というのも後継者争いで勝利した一族ということになります。

つづいてこちらも明時代の観音坐像です。


菩薩ってなんやねん!
菩薩ってのはいわば仏の悟りを得るために修行している数多の存在のこと(衆生)だそうです。ということは...幸せを得るために日夜学んでいる私も菩薩になりますw
多分幸福を求め日夜仕事に生活に子育てに努力してらっしゃる皆様もいわば菩薩なのですね。

じゃぁ仏の悟りを得たかたは誰か?如来だそうです。
其の如来に悟りを気付かせてくれるのが阿弥陀如来。

さてよく出てくる天ですが...。大黒天や帝釈天などね。
これは俗に神と呼ばれてます。
これはヒンズー教徒を懐柔するためにヒンズーの神を取り込んだ結果なのですが
天はあくまでも菩薩の下に置かれるそうで彼らは六道の只中に住む迷いの徒なのです。
迷っているので悟りを開こうとしているもの達を守ることで救われようとしている存在だそうです。ということは僕達菩薩を守ろうとしてくれているのが天ということですねw

これらを解りやすく書いてくれているページが有ります。
ご覧ください...。
仏教ウエッブ入門高座
とてもいいページだと思います。
ただし僕はこの説明の中で一つ反対意見が有ります。
多くの悟りを開いたといわれた人に疑念を持っている点です。
僕は逆に悟りとは衆生全てが元来持っているものとおもっています。
それに気付く瞬間は誰にでもあります。ただそれに気付いても私生活の中で再び埋没してしまいまた気付かなくなる。
だから悟りに気付いたと感じることが重要だと感じているわけです。
「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」
確かにそうなのですが釈迦はあくまでも人間で生物です。
そして我らもあくまでも人間で生物なのです。だとすると我らと釈迦との間の違いはありません。釈迦が持っているものは我らが持っているもの、ただ我らと釈迦が同一であるということに気付くかどうかが悟りを得るかどうかに近い行為ということなわけです。
そういう意味で亡くなった方を仏と呼ぶのはなまじ間違っているとは感じません。
いっさいの執着や煩悩から逃れられるのはまさに死後ということになります。
死後はまさに望むと望まざるともかかわらず釈迦と同じ境地に達するということです。

と個人的見解はさておき

その主張中の菩薩である観音菩薩。

実はヒンズーの女神を取り入れた結果といわれています。
善悪二元論のゾロアスター教の最高神アフラマズダの娘、アナーヒター、スプンタ・アールマティでは無いかと研究されています。


こちらも明代の観世音菩薩です。

女性的な雰囲気ですがひげがある観音様おおいですよねw
これが女神を仏教に取り入れた結果ということですね。


仏塔も有ります。
説明板をちゃんと撮影するの忘れちゃいましたw
ということで
仏像世界は終了です。

仏教は色々な宗教を吸収した結果だということがわかりましたね~



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